心と身体に優しいインド舞踊

インド古典舞踊(モヒニアッタム)で、心も身体も元気に!

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広告を頂くということ

ケララバワン広告
今年も公演が9月8日に決まり、今はチラシの制作準備に追われている。
毎年、広告を裏面に掲載することで協賛をお願いしている。
毎年少しずつドラマがある。
今年は去年からの付き合いのインド料理屋さんには驚かされた。
このごろ増えているIT関係のインド人が出資するインド料理屋さん。
今年も広告を出したいとのことで話を進めていたが、
デザイン確定の時期に突然のディスカウント。時期を狙っていたのだろうか?
私は自分がディスカウントされたような気がしてとてもショックを受けてしまった。
それでは広告は結構です。とだけ相手に伝えた。
慌てたのか、広告はいらないからお金だけ受け取って欲しい、と交渉してきた。
それも困るので、スペースを小さくして広告を出してもらうことにした。
空いてしまうスペースをどうしようかと思い、新宿のムットさんに相談。
ムットさんは家族の問題やビザの問題を抱えてとても大変なのは知っているのでためらった。
でも、ムットさんは私に会う度「あなたの踊りは素晴らしいから私は応援した、広告を出したい」
と言い続けてくれた。今回も直ぐにOKしてくれた。
けれども、私は広告代以上にムットさんにはご恩を返さなければいけないと思う。
スタッフや生徒との打ち上げパーティはムットさんのところを貸し切りにすることは決めたが、もっともっと役に立たなくてはいけない。
そして、クマりカレー。阿佐ヶ谷のインド、ネパール料理のお店だ。店長のタパさんはもう10数年広告を出してくれている。
今年も電話で「大丈夫ですよ。」優しく対応してくれた。
でも、実は千葉にある支店を閉めたばかりだと後で人づてに聞いた。
タパさんはそんなことは一言も言わなかった。
いつも「大丈夫ですよ」と励ましてくれる。
最後に何と言ってもケララバワン。サシさんは気持ちよく毎年広告を出してくれる。
サシさんの仕事が成功するのは、このサシさんの人柄なんだと思う。
いつ行ってもお店は盛況である。ケララで食べるよりも美味しいと思うことがある。
そのケララバワンのお弁当が公演当日スタッフや出演者に配られるので、皆テンションが上がる。
ティラキタさんも毎年応援してくれる。
本当に私はこの方たちへの恩をどう返していったらよいのだろうか。
沢山の想いを載せて舞台までの船が出ようとしている。
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愛を受け継ぐ

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 踊りの師匠が亡くなってから8か月経ってからケララ州トリシュールに住む家族を訪ねた。師匠には双子の息子と娘がいる。
 「母の素晴らしいところは、政治家だろうが、労働者だろうが、お金持ちだろうが貧乏人だろうが差別をすることなく愛をもって人と接していたところだ。困っている人には必ず手を差し出した。思っていることは臆せずストレートに意見を言った」
別々に聞いたのにも関 わらずまったく同じ二人の答えに驚いたが、師匠はそういう人だったと思い返した。毎日のように家や学校に老若男女の来客があり、先生は親身になって話を聞いていた。
 その姿を見て育った二人は同じように愛のある大人になった。私が出会ったことはまだ小学生だった彼らはもう30代でそれぞれ子どもがいる。ただ、先生は娘より息子に甘い傾向があったような印象があった。娘もそれは感じていたらしく「母の言うことはすべて正しかったけれども、何をやっても否定されていたように感じることがあり辛いこともあった」と打ち明けてくれた。特に娘は自分もダンサーであるのにも関わらず、先生の付き人兼秘書のような役割も果たしていたから、ある意味では大変だったのだと思う。息子は勤務地が遠く、一日5回は電話で話していたが、まるで恋人と話すようであった。
 思い返してみれば、先生は私に踊りを教えるときは厳しかったが、ほかのことも厳しかった。いつもお土産を持参するのだが、だいたい文句をつけられた。電化製品類は型が古くても、逆に新しすぎても怒られた。例えば、録音機材が欲しいというのでIC[レコーダーを持っていったら、使い方が覚えられないのとパソコンが使いこなせないので無用となった。次に原始的な方がいいと思い、カセットレコーダーを持っていくと、カセットなんて誰も使ってないと文句を言った。カセットだって持参したのにも関わらずにもだ。誰にねだったのか、いつのまにか先生はiPadを持っていた。それですべて事足りるのではないかと不満に思った。香水が大好きな先生に、シャネルの5番を贈ると、匂いがしないと怒られた。日本茶のリクエストがありわざわざ日本から送ったのに、こんな苦くてまずいものは飲めないとも叱られた。など些細な苦い思い出もあったのだが、それは先生が娘のように私に心を許していたことなんだと腑に落ちたような気がした。
 先生は3年にわたる癌の治療に耐えながらも最後まで舞台に立つこと、学校の舞踊のクラスで教えることを望んでいた。また、鏡張りのダンススタジオを建設することも考えていたという。けれども、癌の治療と並行してヘルニアの手術をして以来、足がむくみ歩行困難となった。そして、ベットから起き上がり部屋を移動しようとしたときに滑り腰の骨を折ってしまった。それからまったく動けなくなり、希望を口にすることはなくなったという。痛みに悶絶する姿を見守った二人は、死の悲しみよりも、母親の痛みからの解放された安堵感の方が強かったのだと言った。でも、時間が経つにつれ母への恋しさは募るという。私たちは夜が明けるまで先生の思い出を語りあかした。
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 滞在中二人は私の面倒をよく見てくれた。息子家族は別に住んでいるのだが、よく顔を出してくれた。娘は3人の子供を育てながら厳しく踊りを教えてくれた、23分間の大作だ、師匠と再婚したマドゥ氏の最後の作品だ。先生よりも厳しく正確に教えてくれた。
「母はヒロミのことをとても愛していたから」と二人はとても良くしてくれた。先生、子供たちを二世代に渡り私を助けてくれる。もしかしたら、まだ小さな子供たちもすぐに大きくなり、「ヒロミお祖母ちゃん」になる私を同じように面倒をみてくれる日はそう遠くないのではないかと思う。それだけ、先生の愛情は深かったのだと。
 先生の愛した庭にだ。はハイビスカスの花や草花が風に優しく揺れていた。すべてに先生の魂が宿っているように思えた。そして、子供たち、孫たちの中に先生の生きた証は確実に受け継がれていくことを私は目の当たりにすることができた。私の先生の死を思い嘆き悲しむ理由はもうどこにもない。拡散していく先生の愛を大事に胸に抱き生きていく。

小さな奇跡

 ケララに滞在するときには小さな奇跡が起こる。
 人は偶然だと思うかもしれないが、私にはミラクル。
 今回はケララ州の州都であるトリバンドラムには3日間のみ滞在して、そこから電車でも半日以上かかるトリシュールへ移動が決まっていた。その移動する前日にトリバンドラムでナンギャールクートゥの公演があると知らされた。
 それは、故サディ姉さんの娘であるレイバティの公演である。レイバティはしっかり母のナンギャールクートゥを引き継いでいた。彼女は家族と共にトリバンドラムからは遠い場所に住んでいる。今回は会えないと思っていた。挨拶がてら電話をしたときに公演のことがわかったのだ。
 私はこんな偶然があるのかしら?と喜びながら演目を聞いた。そしてまた驚いた。
インドの叙事詩ラーマーヤナーより「アハーリヤモクシャ」という演目を演じるのだという。
 インドラ神に騙されて不貞を犯してしまったアハーリヤ。修行者である夫に呪いをかけられ石になってしまった。旅の途中のラーマ王が石に触れると呪いが解かれて元の姿に戻るという話だ。
 まさに、その演目はこれから私が今回古典舞踊モヒニアッタムを習う予定の演目とお話が一緒であったのだ。当然、古典劇ナンギャールクートゥと古典舞踊モヒニアッタムでは表現方法は異なる。けれども、その物語の登場人物の表情などを踊りに反映することは大いに可能である。。
 これはサディ姉さんの計らいであるのだ。
 「娘に会っていきなさい、娘の演技から学びなさい」そうサディ姉さんは私に告げているに違いない。
 何はさておき会場に駆けつけると、レイバティはお化粧の最中。その佇まいや話し方やお化粧の仕方などサディ姉さんの面影があった。弟のデーヴゥも駆けつけていた。サディ姉さんが教授として働いていたカラマンダラムに就職が決まったそうだ。ケララ州では公務員が定年前に死亡すると、子供がその公務員の仕事を引き継ぐことができるシステムがある。教授ではなく事務員としてポストが用意されている。
 ある映画を思い出した。なかなか就職のできない息子が学校の校長である父親の殺害を試みる。父親は自殺をして仕事を息子に与えるというストーリーに驚かされた。
レイバティ
何はともあれ、演技が始まり、私はビデオを固定して撮影していた。時々フレームを覗いてはブレがないのが確認するのだが、観るたびにドキッとさせられた。目の前で演じているのはレイバティーなのだが、フレームの中の人物はサディ姉さんにみえるのだ。
もちろん親子だから似ているのだが、目の前に見えるものとフレームの中で違いがあるように思う。どう見てもフレームの中ではサディ姉さんが演じているように見えてしまう。
 これもサディ姉さんが悪戯をしているのではないかしら、と思わず笑ってしまった。
 そして、初めて見るレイバティーの演技は素晴らしかった。出会った頃、私の膝の上でお昼寝をするほど小さかったのに、今は素晴らしいアーティストに成長した。正直あまり期待していなかった。彼女は学校などで訓練を受けたり、他の師匠から学ぶことはなった。母親からだけ学ぶのは限界があるのではないかと思い込んでいた。けれども、彼女は一番近くで母親の舞台を見守り、学び、しっかり修行をしてきていたのだ。
 娘を通じてサディ姉さんの功績は引き継がれていく。サディ姉さんは娘の中に息づいているのだ。それを、この目で確認することができた。
 これが私には最高のミラクル。

2レイバティ


客だから何をしてもよいのか?

先日とても驚くべき出来事があった。
私は日常は都内フィットネスでヨガ等のインストラクターをしている。
フィットネスには毎日、色々な商品の展示販売が行われている。
化粧品から健康器具、サプリメントまで様々だ。
私はよく販売員の方に声をかける。
クラスが始まる前にメンバーさんに商品の説明をしてもらうためだ。
何しろ私のヨガのクラスは70名もはいるので、宣伝にはもってこいだから。
それで私にメリットがあるわけではないのだが、フィットネスの一員として売り上げに協力したいと思っている。
先日は某フィットネスで頭皮マッサージの器具を売りに来ていた女性がいた。
さっそく声をかけてクラスで宣伝をしてもらった。
そのお礼もかねてなのか、ロビーで念入りに私の頭皮のマッサージを器具を使って念入りにしてくれた。
その時である。一人のメンバーさんが近づいてきて
「ねえ、なんでスタッフにやってあげているの?客である私を優先してくれないかしら?
だって給料もらってんでしょ。時間がないのよ。早く替わってよ」
と騒ぎ出したのだ。
言い返そうとしたが、その販売員の女性は
「メンバーさんもインストラクターも私にとっては大切なお客様ですからお待ちください」
と騒ぐメンバーを制してくれた。
インストラクター生活をして20年近いが初めての出来事で驚き憤りを感じだ。
どちらかというと「先生」と呼ばれて持ち上げられることが多い職業だから。

けれども、これは自分を振り返るにはもってこいの機会だと気が付かされた。
私もインドに長いせいか、日本人離れしているところがあり、歯に衣を着せない言動が多い。
その意見や主張が正しいかどうかはおいてい置いて、
一方的に自分の主張を振りかざしてで通すということは人に不快感を与えることなのだと身に染みた。
客だからサービスを強要する、なんて醜い行為なのだ。
勉強になりました。

ひな祭りはインド

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とうとう動き出した!私。
3月3日にインドのチケットを予約した。
師匠が亡くなり、私にとってインドは遠い国となっていたところ、、
でも、師匠が残したものは沢山ある。
一番師匠の魂を受け継いでいるのはなんといっても娘のアンブリー
私が出会った頃は小学生だったのに、今では3人の母親だ。
もちろん素晴らしい踊り手でもある。
彼女は遠慮なく私に踊りを叩き込むだろう。
今までもしようがいないときは教えてくれたりした。
正直師匠より怖い。妥協がないのだ。
でも、もう覚悟を決めた。
死んだ魚のような目をして、この半年生きてきたような気がする。
生きていても死んでいるような生活はもうごめんだ。
アンブリーよろしくね~師匠天国から見守っていてね~


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maruhashi

インド古典舞踊家 丸橋 広実

南インド ケララ州の古典舞踊 モヒニアッタムの舞踊家です。
ヨーガ、ジャイロトニック、ジャイロキネシスのインストラクターでもあります。
美味しいもの、心と体に優しいことが大好きです。

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